あ
ら
す
じ
ひとりの俳優をめぐる物語。
ひとは向き合う、自分に、他人に、世界に。
ひとは向き合う、過去に、未来に、今に。
たくさんのひとりが、ひりひりと今日を重ねていく。世界はまだ見ぬ明日へ。
工藤春男は、父の家庭内暴力、それを苦に家族を捨てる母といった、
愛情に恵まれない家庭に育った。
思春期には、烈しい統合失調の症状とともに暮らしていたが、
家を出ること、詩を書くこと、演劇と出会うことで、心は落ち着きを見せ、
持ち前の表現力や独創性が評価されはじめていた。
所属する劇団の公演、チェーホフの「かもめ」で
トレープレフをキャスティングされた春男は、
いつものように稽古をし、いつものように仲間と時を過ごしていたが、
実家で父が孤独死したという報せがはいる。
父という、自分の記憶からすでに消していた深い憎悪の対象の死を、
どうして受け容れればよいかわからない春男。
心はどんどん過去に遡り、思春期に自分で生み出した珍妙な別人格二人が現れる。
耳の中に始終聞こえていた雑音はボリュームを増し、やがて新たな幻覚まで登場して……。
春男が突然稽古を休んだ日、恋人でもある伊達夏子は、心落ち着かぬまま稽古場にいた。
Wキャストでトレープレフをキャスティングされた親友の玉木賢は、
芝居の最中に突然、台詞がしゃべれなくなり、
夏子の胸に生まれた「ざわざわ」は止まらない。
東京に戻ってきた「ちりちり」した春男と、なんとかつながろうとする夏子と賢。
春男はやがて、二人とともに、生まれ育った街に向け「ひりひり」した旅に出る。
どこか遠いところで幻聴のように鳴り続ける音楽とともに。
それは三人それぞれが、自分と向き合う旅でもあった……。
六人の俳優と一人の音楽家が絡み合い、
ひりひりとした物語を軽妙な笑いと、軽やかな身体、豊かな音楽とともに語っていく。